【配慮の欠如】事故や火事の現場に必ずいる野次馬の心理とは!?

【配慮の欠如】事故や火事の現場に必ずいる野次馬の心理とは!?

事故や火事の現場に続々と集まってくる人って必ずいますよね。まるで何かに吸い寄せられているように・・・。

私たちは、こういった人たちのことを「野次馬(やじうま)」と呼んでいるのですが。いったいどんな目的があって来ているのか気になりませんか?

事故や火事の当事者からしたら、とても迷惑なことですよね。見られたくないと思いますし、何より自分がそうされたらどうなんだってことを伝えたいはずです。

ということで今回は、野次馬に関することを野次馬の気持ちになって考えてみたいと思います。

     

野次馬の由来・語源

「野次馬」とは、自分には無関係なことに対して興味本位で騒ぎ立てる人のことを表しています。

野次馬の意味を知っている人はたくさんいると思いますが、由来や語源まで知っているという人はなかなかいないのではないでしょうか。

由来・言語辞典』によれば、野次馬の由来・語源を以下のように説明しています。

老いた雄馬のことを「親父馬(おやじうま)」といい、「おやじ」が「やじ」と略されて「やじうま」となったもの。老いた馬は仕事の役に立たないことから、転じて、役にも立たないことに興味を持って、無責任に騒ぎ立てる人のことをいうようになったとされる。


ほかに、「やじ」は「やんちゃ」が転じたもので、「やんちゃ馬」から出た言葉とする説などもある。


江戸時代から使われる言葉で、「野次」と書くのは当て字。ちなみに、「野次を飛ばす」「野次る」の「野次」は「野次馬」を略したもの。


出典:http://yain.jp/i/%E9%87%8E%E6%AC%A1%E9%A6%AC

     

野次馬の目的

ひと昔前なら、興味本位で見に行っていた人がほとんどだったと思います。

しかし、SNSなどで情報が共有できる時代になっている現在、バズることを狙って動画や写真を撮影している人もいるかもしれませんね。

一体どんな目的があって野次馬が集まってくるのかを野次馬の気持ちになって考えてみた結果、このような目的が出てきました。

興味本位でなんとなく見に行く

今も昔も、このパターンが一番多い気がします。

テレビのニュースなんかで、事故や火事の現場の映像が映るとバカみたいに野次馬がいますよね。

規制線が貼られてから解除されるまで、ただ突っ立って見ているだけの人もいます。

見ていてメリットでもあるんですかね。いや、メリットなんてないです。

     

救助しに行く

これはなかなかない珍しいですが、人手が足りなかったときに備えて待ち構えているスーパー野次馬もいるらしいです。

頼もしすぎます。野次馬全員がこの気持ちでいてくれていれば、なんも文句は言えないですよね。

まあ、スーパー野次馬なんて人はいないと考えていいですし、野次馬する人に人助けする勇気なんてなさそうです。(勝手な偏見ごめんなさい。)

     

SNSにアップする

SNSに動画や画像をアップするというパターンが増加傾向にある気がします。

これがSNSの悪いところや危険性だと感じています。

ツイッターなどに投稿してしまうと、不特定多数の人たちに一気に拡散されてしまいます。

もし、そのツイートが当事者や当事者のご家族などの目に止まってしまったら、どんな気持ちになるか考えたことはありますか?

しかもそのツイートが永遠に残ってしまう可能性があるということも知ってほしいです。

まあ、人の不幸を簡単にSNSにアップしてしまう人には、人の気持ちなんて考えられないのでしょう。というふうに見られてしまっても仕方ありませんね。

     

テレビ局や出版社に提供する

撮影した動画・画像をテレビ局や出版社に提供するなんてこともあるかもしれません。

また、ツイッターにアップされた動画や画像に対して、テレビ局などの公式アカウントが提供してほしいと促しているやり取りも実際に見たことがあります。

これがいいことなのか悪いことなのか、判断するのは難しいです。

しかし、お金がほしいがために動画や画像を提供している野次馬がいたとしましょう。当事者の気持ちを考えると、許しがたいものがありますよね。

     

話のネタにする

大きな事故や火事を実際に見たら、次の日の話題になりますよね。

話題にすることは悪いことではないですが、聞いた側からすると「この人野次馬なのか・・・。」と思われてしまうかもしれません。

話した相手が自分の好きな人や気になる人だったら、もしかしたら嫌われてしまう可能性もあります。

たまたま通りががって見たなら大丈夫かもしれませんが、話す際は注意してくださいね。

     

野次馬はいなくならないのか

結論から言います。

確実に野次馬はいなくならないでしょう。

なぜなら人間には、人が集まるところに参加したくなる習性があるそうです。

たとえ野次馬がまだ一人もいない状況でも、警察官や消防士がたくさんいれば見に行きたくなってしまうのかもしれませんね。

     

まとめ

はたして「野次馬」は、人間の習性と言ってしまっていいのでしょうか?

野次馬の気持ちも分からなくはないですが、記事中に何度もあったように、まずは当事者の気持ちを第一に考えてほしいのです。

人間の習性よりも、人間らしさを大切にしていきたい。切実にそう感じています。